大阪高等裁判所 平成2年(ネ)2418号 判決 1994年2月15日
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用中、原審における費用の四分の一及び当審における費用は被控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件受講料の支払が控訴人らの強要によるものであるか否かにつき検討する。
1 《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 兵庫県内における原付による交通人身事故は、昭和五六年、五七年に急上昇の傾向にあつたが、一方、事故防止対策の一環として、控訴人県警察が協力し、県二推及び地区二輪車安全運転推進委員会(以下「地区二推」という。)が免許試験の受験者を対象とした原付技能講習(昭和五七年七月一日から実施、講習料三五〇〇円)の受講率は、七パーセントと低調であつた。
そこで、控訴人県警察は、右事故の急増に対する緊急防止措置を講じる必要に迫られ、昭和五八年一月末ころ、プロジェクト・チームを編成し、事故の増加原因等の分析並びに対応策を検討させた。右チームは、調査分析の結果、事故の発生原因が運転操作技術の未熟と安全運転知識の欠如によるものが大半を占めていることから、運転経験の未熟者に対する安全運転技能教育すなわち安全技能講習の必要性を再認識するとともに、事故を早急に防止する目的から、原付免許合格者全員に対する右講習の開催を企画した。しかし、講習場所の関係上実現が不可能であることから、受験者に対し地区二推が講習を行うこと、受験者の事情等により地区二推の講習を受講することができない者に対しては運転技能試験を行つていない土曜日に試験場のコースを使用して県二推が講習を行うこと、講習内容は安全運転技能講習を主軸とすること、講習料金を従前のものより低くすること等について県二推と協議し、また、試験日については、多数の受験者が予測される講習終了者及び講習申込者を月曜日から金曜日までとし、右に述べた事情等により講習を受講することができない者が数少ないと予測されるところから土曜日とし、試験場勤務人員の関係上、受験者人員を二〇〇人に制限し、受験申請書を一律に土曜日に受理して試験を行い、合格者及び受講希望者に対し講習すること、免許証の交付については、月曜日から金曜日までの試験合格者に対しては即日交付するが、土曜日の試験合格者に対しては右勤務体制上の事情により二週間先とすることを立案した。
これに受けて、控訴人県警察は昭和五八年七月一日から右立案を実施するとともに、講習の受講について行政指導した。
(二) 講習の計画策定及び実施に関する控訴人県警察本部長の昭和五八年六月一日付通達によれば、「原付免許申請は、原則として、二推が行う講習終了者に限り受理するものとする。」としているが、同時に、推進上の注意事項として、「講習を受けていない申請者に対しては、受講の必要性、講習の日時、場所等を具体的に教示したうえ、親切に受講勧奨を行い、トラブル防止に配慮すること。」とされ、また、「受講勧奨に応じない者に対しては、毎週土曜日に運転免許試験場において、申請を受理している旨教示すること。」とされた。
(三) 講習の実施に先立ち、控訴人県警察の指導を受けた県二推は、講習体制を検討し、従来の名称を改めてその充実を図るとともに、講習料を二五〇〇円とし、その旨テレビ、ラジオ、新聞、ポスター、チラシ等により広報した。控訴人県もこれに対応して、広報するとともに、県下各地方公共団体に対し講習に協力するよう要請した。また、試験場にも、同趣旨の広報看板を設置して、講習実施の徹底化を図つた。
右各広報活動においては、講習が義務づけられたような印象を与える表現であつたため、県民が講習を受験の要件と誤解して本件講習の実施される直前に原付免許の受験者が殺到した。しかし、受験申請を拒否するものではなく、また、土曜日に受験する者に対しては受講勧奨は行うが、受験申請は受理し、受験させるものであつた。
(四) ところで、佐々木薫は、被控訴人の妹の夫であるが(ただし、右婚姻関係は平成二年ころ離婚により解消された。)、二輪車販売店「佐々木オートサイクル」を経営し、控訴人安全協会及び県二推の講習に関する運営方法に反対の意見を持ち、自ら兵庫県二輪安全運転推進協議会(M・S・C)の名称で原付免許スクールを主催し、本件講習制度に批判的であつた。
被控訴人は、母十河ツルミらと共に、佐々木薫の勧めて本件講習制度を論難すべく原付免許試験を受験しようとし、本件講習制度の実施開始日である昭和五八年七月一日(金曜日)、右佐々木らと共に試験場に赴いた。その際、被控訴人は、原付免許試験の運転免許申請書を提出しようとしたが、運転免許試験場の職員が、平日は技能講習受講者の原付免許試験の受験日であり、技能講習未受講者の受験日は土曜日となつているので、土曜日に受験するよう指導したところ、申請書を提出せずに持ち帰つた。
被控訴人は、同月九日、尼崎地区二輪車安全運転推進委員会の久保自動車店において、受講料二五〇〇円を支払つて講習受付票の交付を受け、月曜日から金曜日までの平日に原付免許試験が受験できるように一旦なりながら、夫の強い指示もあつて、あえて未受講者として同月一六日(土曜日)に原付免許試験を受験したところ、不合格となり、再度、同月二三日(土曜日)に未受講者として受験したが、再び不合格となつた。
その後、被控訴人は、同月二五日(月曜日)、尼崎地区二推のアズマオートサイクルにおいて、再度、受講料二五〇〇円(本件受講料)を支払い、同店東末一受付の講習受付票の交付を受け、翌二六日(火曜日)、同講習受付票を提示して原付免許試験の受験申請をし、試験に合格した。
以上の事実が認められ、《証拠略》中、本件受講料の支払が試験場職員の言動に畏怖したためである旨の各供述部分は採用することができない。
2 本件講習制度は法律上の根拠又は授権に基づかないものであつたから、控訴人県警察は本件講習を原付免許申請者に強制し得ないことはいうまでもないが、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防鎮圧、交通の取締り、その他公共の安全と秩序の維持に当たることをその債務とする(警察法二条)同警察としては、前記認定のような講習の目的を達成するために、現行法規制の不備と地域住民の現実的ギャップを補完するため適切な行政指導を行うことは望ましいことである。そして、本件講習は、控訴人安全協会が、多発する原付交通事故を防止するために設置した県二推が主体となつて実施する講習であつて、県二推の目的に沿つた事業として講習を実施するに当たり、控訴人県警察の受講の勧奨を行政指導として行つたものである。したがつて、控訴人らによる本件講習制度の実施を直ちに違法とすることはできない。
前記認定の事実によると、講習の広報等において講習が受験の要件であるかのような誤解を生ぜしめたことは否めないが、これをもつて講習の受講を強要したものと認めることはできないし、また、被控訴人が受講申込み等に赴いた際の状況、殊に主婦である被控訴人が単独ではなく、その親族らと共に行つていることや応接の場所が他の関係者も来場する試験場であることなどを考慮すると、その際の職員の対応の中に強要とまで評価しうる行為があつたと認めるのは困難である。
また、被控訴人は、昭和五八年七月一日に自動車運転免許試験場に赴いたが、同試験場の職員による本件講習の受講勧奨に応じることなく、その後、自らの意思で同月九日に受講申込みをしながら二回にわたり未受講者として任意に原付試験を受験しており、同月二五日に二回目の受講申込みをする等、約二週間を隔てて受講申込みを二回したものであり、この経過を考慮すると、受講勧奨と被控訴人の受講申込みが因果関係を有するものと認めることはできない。
なお、《証拠略》によると、平成四年五月六日に公布された道路交通法の一部を改正する法律により、道路交通法において、原付技能講習の実施と受講義務が明文化されたことが認められるが、右法の改正によつて、本件講習が違法であつたというべきではなく、むしろ本件講習が交通事故防止対策として必要かつ効果的な施策であつたことの一証左と評価すべきである。
三 以上のとおりであるから、控訴人らに被控訴人主張の不法の強要行為は認められず、右不法行為の存在を前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、棄却すべきである。
四 よつて、右と結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳沢千昭 裁判官 大石貢二 裁判官 羽田 弘)